町田啓太は夢を2度諦めざるを得なかった?俳優になるまでの軌跡を追う

クールな表情の町田啓太男性芸能人

劇団EXILEのメンバーとして注目を浴び、現在はドラマや舞台で活躍中の町田啓太(まちだけいた)さん。

映画「ミステリと言う勿れ」では、インテリな見た目の臨床検査技師・狩集理紀之助(かりあつまりりきのすけ)役に抜擢されています。

今回の記事では町田啓太さんについて調べてみましたので、興味のある方は是非ご一読下さい!

町田啓太の大学時代

幼い頃から教師だった母親の影響を受けて、自身も教員になりたいと思っていたという町田啓太さん。

高校時代の恩師の勧めもあり、体育の教員免許を取得するべく日本体育大学の体育学部に進学しています。

関口メンディーさんとは大学の同級生で、在学中は週5日ほど一緒にいたといいますが、同じ事務所のLDHには別々のルートで入ったために、腐れ縁の関係だと語っています。

大学時代のモテエピソード

そんな関口さんは大学時代の町田啓太さんについて、

体育大って肉体派の人が多くて、まっちー(町田)みたいな顔の人なかなかいないんですよ。だからみんな振り向くぐらいモテてて、食堂とか行ったら女子たちが「来た!来た!」みたいなぐらい。

出典:モデルプレス

と、当時のモテモテぶりを明かしていました。

出典:Twitter

やはり高身長で細マッチョ、イケメンの町田さんは、当時から一目置かれるほどの人気者だったようですね!

劇団EXILEオーデションに合格して芸能界入り

大学在学中は関口さんと同じダンスサークルに所属していましたが、その活動がプロの目に留まり、現在の所属事務所「LDH」が運営するダンススクール「EXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM) STUDIO」に特待生として入学しています。

その後の2010年8月に開催された「第3回劇団EXILEオーデション」に約2000人の中から合格し、俳優としてデビューを果たしました。

出典:Twitter

「みんなが振り返るほどモテていた」ほどのイケメンで、ダンスもこなすとなれば、オーディションに受かるのは必然と言えるでしょうね!

ダンサーの夢を諦めて俳優の道へ

そんな順風満帆に思えた町田さんですが、舞台「ろくでなしBLUES」の公演中に左足アキレス腱断裂により舞台を降板し、数ヶ月の療養を余儀なくされています。

その後「GENERATIONS」の候補生となったために劇団EXILEを脱退しましたが、右足ふくらはぎを痛めて療養、現在は俳優業に専念するために劇団EXILEに復帰を果たしています。

町田啓太さんはその後のインタビューで、

諦めるという選択、あるいは戦い続けるという選択もありますが、
(中略)
何かひとつに絞らなくてもいいという気がします。
でも、どうしても何かひとつ選ばなければならなくて迷ったときは、他人の評価ではなく、それが好きか嫌いか、自分の思いに素直に従うようにするのがいいと思います。

出典:AERA dot.10th

と語っていますが、夢を諦めざるを得なかった町田さんだからこその金言ですよね。

所属事務所のLDHがダンスだけではなく、俳優としての受け皿があってつくづく良かったと思います!

町田啓太の高校生時代

町田啓太さんは幼少の頃から乗り物が大好きで、特に飛行機のパイロットに憧れており、地元の中学を卒業後、日本航空第二高等学校(現・日本航空高校石川)の航空科に進学しています。

日本航空第二高等学校(現・日本航空高校石川)の外観
出典:日本航空大学校公式HP

日本航空第二高等学校は、未来の航空業界を担う人物の育成を目的としている、航空関連に特化した高校です。

この高校は甲子園への出場回数が多いため、硬式野球部の強豪校として知っている方も多いのではないでしょうか。

町田啓太さんは高校進学と共に群馬県の親元を離れて寮生活を送り、副寮長を務めています

この時に寮で同室だった友人の影響でダンスに出会い、ダンス部で部長を務めるほど打ち込んでいたそう。

ダンスをきっかけに芸能界に足を踏み入れた町田さんにとって、高校時代にダンスに出会ったのは必然的だったのかもしれませんね!

高校時代のモテエピソード

高校生でダンス部に入りキャプテンを務めた町田啓太さんは、身長180㎝超え、整ったルックス、真面目でリーダーシップも兼ね備えていて、当時から一際目立つ存在だったといいます。

出典:Twitter

当時のダンス部顧問の先生曰く、

県内で行われたダンスの発表会で、噂を聞いた他校の女子生徒が町田を一目見ようと続々と集まり、町田が会場入りのときは同級生が「町田君入ります!」とまるでVIPかのように町田を囲んで、女の子の群衆をかき分けていた。

出典:モデルプレス

と、当時を振り返っています。

さらに「舞台に立っただけで黄色い歓声が鳴りやまず、舞台後会場外には100人越えの女の子が町田を出待ちしていた」とも述べています。

町田さんが当時から別格だったことがうかがい知れるエピソードですね!

パイロットへの夢を諦める

憧れのパイロットを目指して高校に進学した町田さんですが、視力に問題があることから断念しています。

実際はパイロットよりもダンスの道に進みたいと思うようになったためで、視力に関しては「言い訳だった」とのちのインタビューで吐露しています。

コースが分かれる2年時にメカニックコースに進み、漠然とダンスの専門学校に通うことを想定していた町田さん。

尊敬する恩師から、

どうせ野望とか持って東京に行くなら4年制の大学行って、いろんな人と出会って交流した方が絶対に身になる。日体大いいと思うよ。

出典:スポーツ報知

と、勧められて大学進学を決意。

町田さんが「先生の言った通り日体大に進学したら不思議なもので、LDHとつながりができるんですよ」と語るとおり、恩師の助言に導かれて現在に至ります。

恩師の助言もさることながら、町田啓太さん自身に運命を切り拓く力が備わっているのでしょうね!

町田啓太の中学生時代

町田啓太さんの出身中学校は、東吾妻町立太田中学校(現:東吾妻町立東吾妻中学校)です。

出典:スタディピア

中学生時代は硬式野球部に所属してましたが、剣道教室にも通っていたそうです。

イケメンで身長181cm、スポーツも得意…天は二物も三物も与えてしまったようです(;^ω^)

中学時代のモテエピソード

人生最大のモテ期は?というインタビューに対して、

中学かな。ちょうど携帯電話を持ち始めたころで、ほかの学校の子とも連絡が取れるようになったんですね。野球部の遠征でいろんな学校に行っていたので、そのときに携帯電話の番号を交換してもらったりして。それは結構、ドキドキした記憶が残っています(笑)。当時、今とほとんど身長が変わらなかったので、ほかの学校に行くと、わあっ!って感じがあって(笑)。

出典:女性自身

と答えています。

これだけモテモテの人生を送っているにも関わらず、とても謙虚な町田啓太さんはもはや聖人なのかもしれません!

町田啓太の小学生時代

町田啓太さんの出身小学校は、地元の東吾妻町にある東吾妻町立太田小学校です。

小学校時代から運動神経抜群で、野球バスケットボール水泳スキーなど複数のスポーツをこなす活発な少年でした。

この頃始めた剣道は、最終的に二段を取得するほどの腕前を持っています。

町田啓太のプロフィール

小さい頃の町田啓太
出典:モデルプレス

ここでは町田啓太さんの簡単なプロフィールをまとめています。

本名:町田啓太(まちだけいた)
生年月日:1990年7月4日
年齢:33歳
身長:183cm
血液型:O型
出身地:群馬県吾妻郡東吾妻町
最終学歴:日本体育大学体育学部(中退という情報が有力で卒業については不明)

※大学中退or卒業の情報に関しては、確かな情報が入り次第追記いたします。

モテモテの人生を歩んできた町田啓太さんの初恋相手は誰だったのか…気になるところです。

お相手は保育園の先生で、

すっごい大好きで。ずっと後ろをつきまとっていて。帰る時は泣いたりもしていた。

出典:MANTAN WEB

と、当時を振り返っています。

とても可愛らしいエピソードですね!

まとめ

この記事で分かったことを振り返ってみましょう!

・パイロットの夢を諦めて日体大に進学

・劇団EXILEオーデションに合格して芸能界入り

・度重なる怪我でダンサーを断念、俳優の道へ

上記に挙げた項目以外にはっきりしたことは、常にモテモテだということです。

そんな状態にも関わらず、常に謙虚であり続けるからこそ、さらに人を惹きつけるのでしょう。

これからも役者として、人間として輝き続けるであろう町田啓太さんから目が離せませんね!

最後までお読みいただきありがとうございました!

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